全駅下車に至るまでの旅
2015/02/11
2005年12月23日発行 《第1号》
【創刊の御挨拶】
はじめまして、こんにちは。
発行者の「つちぶた」と申します。
このメールマガジンは私「つちぶた」が平成14年(2002)12月24日から始めた、JR全線全駅を訪問する旅の過程をお伝えするものであります。
全駅下車に至るまでの旅
今回は第1号ということで、自己紹介も兼ねて、私がどのようにして駅下車を目指すに至ったかという過程を説明したいと思います。
私のそもそもの旅の目的は、「目的のない旅」でした。
列車に揺られ、流れゆく車窓の風景を眺めていればそれで満足だったのです。
たまに途中下車をして、あるいはたまたま終点だったという理由で、駅周辺をブラブラする事もありましたが、基本はずっと車中でした。
その利点は「何も考えなくて良い」という点で、考え続けなければならない日常からの、まあ、現実逃避も兼ねていたりしたんですね・・・。
初めて一人で18きっぷを使って旅に出たのが高校卒業の春休みでした。
時刻表を見たのもこの時が初めてです。
全然使い方が分らなくて親や兄に聞きました。
極めて遅いデビューです。
それからあてのない旅を何度かこなして9年後、「目的のない旅」はいつしか「目的のない人生」とあいまって、その極みに達していたのでした。
絶景の駅との出会い
そして2002年の夏の日、私にとって人生を変える旅に出ることになります。
その夏、ある友人が長い休暇を取るというので、「じゃあ、一緒に18きっぷで旅に出ようじゃないか」などと私は誘いをかけました。
「そんな気は毛頭無い」といった感じで黙殺されましたが、ある日、「まあ、行ってもいいかな」と方向転換をして頂きましたよ(多分嫌々だったと思う)。
それで我々は18きっぷ5日間をフルに使って、「目的のない旅」へと出かけたのでした。
が、
その時だけは唯一例外として、目的を作ったのです。
いつだったかはすっかり忘れましたが、過去に山陰本線の「鎧駅」を使った18きっぷのポスターを見たのでした。
それを見た瞬間、言いようのない感動に包まれ、いつかこの駅に行ってみたいと密かに思っていたのです。
その目的を今回遂げようというのが、唯一の目的でした。
そして夜行、鈍行を乗り継ぎ、ヘロヘロになりながら、念願の目的地「鎧駅」へと辿り着いたのです。
どこまでも続く水平線、群青に染まった高い空、山々に囲まれた特異な地形、ひなびたホーム、ぽつんと佇む海を向いたベンチ、小さな駅舎。
そして、駅に降りただけで感動できる、という事実にも愕然としたのです。
その後もほとんど強行軍のような(18きっぷを使うとそうなりませんか?)5日間をなんとか無事に終え、我々は日常へと舞い戻りました。
旅から帰り、ネットで駅に出会う
それから1ヶ月、2ヶ月と日々は過ぎ去っていくのですが、私の頭の中ではあの夏の旅が離れず、気の抜けた、呆けた毎日を過ごしていました。
そんなある日、一緒に旅に出た友人が「ネットで夏に行った駅が見られるよ」ということを教えてくれました。
当時私はまだインターネットもろくに活用していなくて、ネットで駅を検索するという発想がなかったんです。
友人の行ったとおりに駅名を検索すると、その駅に行った様々な方の写真がアップされていました。
そこで初めて「駅というのは実に色々な風景を持っているものだ」と漠然と思いました。
一般人にとって駅は目的のための通過点でしかなく、余程変わった駅でない限り、まず記憶に残ることはありません。
そんな駅も、駅自体に焦点を合わせると、実に興味深い場所であることが分ってきます。
そして、何日かネットで駅を見続けていると、現在「鉄子の旅」のマンガでも活躍中の横見浩彦さんのサイトを見かけました。
「全線全駅下車」という文字に呆れつつも、変わった人もいるものだなと感じました。
しかし、ふと思ったのです。「駅」を目的とした旅もいいのでは、と。
鎧駅での感動がきっともっとあるに違いない。
どうせ目的のない旅と人生、駅を目的に私も出かけてみようか、と。
この時は「本気で」全駅を目指そうと思ったわけではないですが(だいたい数が多すぎて現実味がない)とにかく、駅に行こうと決めたのがこの時期です。
そんなわけで、つちぶたの駅を巡る旅が「一応」スタートしたのです。
次回は旅1日目、「外房線Part1」をお送りします。
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